群像小説ぜんぶ読む

古今東西の群像小説をぜんぶ読みます。群像小説以外の気になった作品を紹介することもあります。群像小説以外の気になった作品以外の普通の記事も投稿します。

今村昌弘『屍人荘の殺人』は本格ミステリだったのか?

屍人荘の殺人 (創元推理文庫)

屍人荘の殺人 (創元推理文庫)

神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲と明智恭介は、曰くつきの映研の夏合宿に参加するため、同じ大学の探偵少女、剣崎比留子とペンション紫湛荘を訪れる。しかし想像だにしなかった事態に見舞われ、一同は籠城を余儀なくされた。緊張と混乱の夜が明け、部員の一人が密室で惨殺死体となって発見される。それは連続殺人の幕開けだった! 奇想と謎解きの驚異の融合。衝撃のデビュー作!


Q.本格ミステリだったのか?
A.本格ミステリです。


タイトルはヒキです。
ブログを開いてもらうためにつけたキャッチコピーにすぎないわけで、あなたがこれを読んでいる時点で私の勝ちです。
あ、ちょっと、待って、ブラウザバックしないで…!


閑話休題
「ヒキ」は様々な場面で使われています。
冒頭の引用は、今村昌弘『屍人荘の殺人』(創元推理文庫)のあらすじです。
「想像だにしなかった」にアンダーラインが引いてありますが(原文では傍点。傍点のつけかたがわからない)、ここが『屍人荘の殺人』の「ヒキ」(=読んでみたいと興味を持たせる箇所)になっています。


「想像だにしなかった事態」がなんだったのか、読んだ方はすぐにわかるでしょう。
未読の方、まだ間に合います。ブラウザバックしましょう。読んだら戻ってきてください。ブラウザバックバック。


※※以下、だんだんネタバレが出てきます。未読の方はこのあたりで止めておきましょう。※※

作品紹介

さて、『屍人荘の殺人』は2017年、第27回鮎川哲也賞東京創元社)を受賞した作品です。
デビュー作にしてミステリランキング4冠を獲得し、19年12月には映画も公開しました。
めちゃめちゃすごいことです。


shijinsou.jp


繰り返しますが、デビュー作です。
デビュー作とは思えない、もっと大胆に言ってしまえば、「ミステリ賞のデビュー作とは思えない」ほどの大ヒットを記録しています。
その理由について考察したいと思った私は――。


自己紹介がまだでしたね。
大羽翔と申します。普段は「群像小説ぜんぶ読む」というブログを書いていますが、
overshow.hatenablog.com
そちらの更新が滞っているのをこれ幸いと、群像小説以外も扱ってしまおうと考えたわけです。
なお、本記事は、私が所属しているサークルで行った読書会を基に再構築しています。


さて、戻ります。
『屍人荘の殺人』が評価されたポイントは主に3点あります。

1.特殊設定を用いてクローズドサークルを作り出した斬新さ
2.それでいて本格ミステリの王道を逸脱しないストーリー
3.誰にでも思いつくことが可能で飲み込みやすい設定


読書会では、上記3点をひとつずつ詳説しましたが、同じことをやると6,000字を費やす羽目になるので割愛します。
結論だけ書いておきます。

『屍人荘の殺人』は、新人賞に応募された作品とは思えないほどに(あるいは作者が受賞・デビューを至上命題としたことにより)、分析と計算に基づいて書かれた極めて商業的な作品です。

角が立つことは望まないので補足しますが、あくまで個人の意見です。
ただ、作者・今村氏はこんなことを語っています。

ミステリを読んでいて「なにか退屈だな」と思うと、やっぱり配分がおかしかったりするんです。なかなか事件が起きなかったり、唐突に事件から始まったと思ったら前半に詰め込みすぎていたり。そういうことが気にならない作品って、やっぱり黄金律にちゃんと沿っている。

www.webdoku.jp

構造分析

ということで、ここからが本題。
『屍人荘の殺人』の「配分」を分析してみました。


なお、今回は「三幕構成(序破急)」の考え方に当てはめて見ています。
三幕構成は「幕」というくらいなので、本来、舞台や演劇、映画の脚本に用いられる概念です。三幕の時間比は1:2:1が理想とされています。
もちろん小説にも応用可能な概念ですが、読むスピードは人それぞれですよね。
そのため、「読む速度が一定」と仮定したうえで、ページ比に当てはめます。
『屍人荘の殺人』(創元推理文庫)は360ページなので、90ページ:180ページ:90ページの三幕に分かれます。


また、幕が切り替わる、盛り上がる箇所を「ターニングポイント」と呼びます。ターニングポイントは主人公に行動を起こさせ、ストーリーを別の方向へと進める役割があることを、合わせておさえておいてください。
下表で薄いグレーの箇所です。


f:id:overshow:20200223192648p:plain
『屍人荘の殺人』(創元推理文庫)ページ配分表


順に見ていきましょう。


①章 一致度0%
これはまったく三幕と一致していません。ターニングポイントはそれぞれ第三章、第五章の途中にあります。


②ゾンビ 一致度80%
第一幕のターニングポイントには、ゾンビがうようよと出てくるシーンがあたります。
第二幕のターニングポイントには、ゾンビがラウンジに侵入してくるシーンがあたります。
他にふさわしいものがなければ、これで良さそうです。


③事件 一致度0%
これも一致しない。タイトルに「本格ミステリだったのか?」と書いた理由はここにあります。
正確には、「本格ミステリとは別のところに、ストーリーが盛り上がるポイントがあるのでは?」ということです。
別のところとは、どこかといえば――。


明智 一致度98%
それぞれ20ページずつズレているので100%にしませんでした。
第一幕のターニングポイントでは、明智が死にます。
第二幕のターニングポイントでは、静原が出目ゾンビを突き刺した様子を見て、葉村が「明智さんを殺せるだろうか」と葛藤します。
そしてクライマックスでは、明智ゾンビを殺すことができない葉村のかわりに、比留子がとどめを刺し、「彼は、わたしのワトソンだ」と言い放ちます。

分析結果

こうして見ると、ターニングポイントにはゾンビがいます。
しかし、ゾンビに付随してあらわれる明智への葉村の感情こそが、ターニングポイントになっていると言えるでしょう。


それを裏付けるかのように、123ページで明智が死んだ後、語り手でもある葉村は意図的に明智を語りません。141ページの「明智さんのことは残念だけど」は比留子の台詞です。
その後第一の事件が発生したことで、葉村は明智を語らなくなります。辛いことがあったときに、別のことで気持ちを紛らわせることありますよね。蚊に刺された箇所に爪で痕をつけることで、痛みによって痒みを忘れるのとも似ています。


ターニングポイントは主人公に行動を起こさせ、ストーリーを別の方向へと進める役割がある、と書きました。
ストーリーを別の方向へと進めるため、主人公が行動を起こすためには、主人公が変化するかしないか、選択をする必要があります。
第一幕のターニングポイント以降、葉村は明智の話題を意図的に避けます。さらに、比留子に対して激昂するなど明らかな変化を見せています。
一方、第二幕のターニングポイントでは(その時点ではわかりませんが、クライマックスを踏まえて考えると)、変化しない選択をしています。もし変化する選択をしていた場合は、静原が出目ゾンビにしたことを、葉村は明智ゾンビにしていたはずです。

結論

つまり、『屍人荘の殺人』は葉村と明智の関係性を描いた物語であるといえます。
それをより効果的に描くためのジャンルとして本格ミステリが選ばれ、ディティールとしてゾンビが選ばれたと考えられます。
静原の述懐にもありましたが、ゾンビなら二度殺すことができます。
同じように、葉村にとって最愛の人である明智の死を「二度」描くことは、この設定でないと不可能なのです。


『屍人荘の殺人』は本格ミステリのトリックや、魅力的な特殊設定など、語るべきポイントがたくさんあります。
ただ、その目立つものたちに隠れたところで、葉村と明智の関係性を描くことこそに主眼が置かれていたのだとしたら――そうであってほしいな、と思います。


Q.本格ミステリだったのか?
A.本格ミステリであり、それ以上に人間ドラマです。