4冊目:恩田陸『ドミノ』
- 作者:恩田 陸
- 発売日: 2004/01/23
- メディア: 文庫
紹介
1億円の契約書を待つ締め切り直前のオフィス、下剤を盛られた子役、別れを画策する青年実業家、待ち合わせ場所に行き着けない老人、警察のOBたち、それに……。真夏の東京駅、28人の登場人物はそれぞれに、何かが起きるのを待っていた。迫りくるタイムリミット、もつれあう人々、見知らぬ者どうしがすれ違うその一瞬、運命のドミノが倒れてゆく!抱腹絶倒、スピード感溢れるパニックコメディの大傑作!!
上は角川文庫版のあらすじですが、ここまで魅力的な紹介文はないでしょう。
「28人の登場人物」が出てくるらしいのに、文庫本換算で400ページ弱。単純計算でも1人あたりの出番は15ページにも満たないのです。
次から次へと流れて消えていくようにも思えますが、そんなことはありません。
多少の差はあれど、最初から最後まで、全員が動き回っているのです。
こんなこと、ありえますか?
タイトルの『ドミノ』は、作品そのものを的確に表現しています。
これはネタバレにならないと思いますが、本作にドミノそのものは出てきません。
なのでドミノ小説(そんなものがあるのか知りませんが)だと思っている方には、残念ですが。
ほとんどの人がわかると思いますし、説明するまでもないですが、ドミノは構造を表しています。無論、群像小説のことです。
以前にも書きましたが、群像小説であると明かすことは、ネタバレにあたりません。
一見バラバラの物語がつながるとわかったうえで、そのつながるさまを楽しむものですから。
登場人物はドミノの駒に過ぎません。
「前の人に倒されて次の人を倒す」、より物語的な言い方をするならば、「他者の影響を受けて起こした行動が別の他者に影響を与える」になるでしょうか。
彼らが倒れていくさまは、俯瞰できる読書と作者にしかわかりません。当然、倒れたあとにできる模様に気づくのも私たちだけです。
28人も登場するとなると、いちいち前に戻って話を確認したくなるかと思います。
しかし、それは本作においては野暮です。
前の話を憶えていなくても、なんとかなります。
曖昧な記憶を頼りにページをめくっていくほうが、より本作を楽しめます。
なによりも大事なのは、スピードです。
ほら、ドミノだって倒れていくうちに、スピードが増していきますよね。勢いがないと、次の駒が倒れない可能性もあります。
まあ、そういうことです。
一気読みを推奨します。
解説
※※以下、ネタバレを含みます※※
ここまで「群像小説として」綺麗に書かれた作品を前にすると、解説することは何もありません。
例えば、群像小説ではあるけれどそれ以外に主眼が置かれている作品の場合は、作中では明記されないつながりがあるので、そこを掘り下げることができます。
ところが、『ドミノ』は完全に『ドミノ』として完結しています。
つながるところは作中で全部教えてくれますし、謎も残りません。
最後のライターは謎とはいえませんし。
ああ、ライターがあった。
せっかくなのでこじつけで解説します。
作中のライターは起爆装置です。都内に仕掛けられた爆弾が、一斉に爆発します。
東京駅でのすったもんだは一件落着でしたが、このライターが新しい火種になるかもね、という結末です。次のように締めくくられます。
それはまた別のドミノの話であり、これから倒されるかもしれない別の一片のピースに過ぎない。(P.376)
今さらですけど、ドミノって駒じゃなくてピースなんですね。
それはさておき、ドミノを倒すことができるのは誰かといえば、作者ただひとりです。
作者はwriterです。
そう、ライター。
起爆装置のライターは、ドミノの最初の「ピース」を倒した張本人である、作者に掛かっているのではないでしょうか。
作品の完成度が高すぎて、これくらいしか書くことがないです。
あと、P.212の「誰もが誰かを捜していた」は、非常に群像的で好きですね。
P.358の「将棋倒しは怖いよねえ」も、わざと「将棋倒し」にしたことが透けて見えて好きですね。
その他にも、いたるところでコメディ仕立てに演出する仕掛けがなされているので、肩の力を抜いて読めますよね。
わざとらしく大仰な「である」調もその役割を果たしています。吉田修一『横道世之介』と同じです。
登場人物の登場スパンなどを分析してもおもしろいのかな、とも思いますが、このスピード感は計算というよりも理屈抜きのような気がするのです。
そろそろ『ドミノin上海』を読みたいので、このへんで。