群像小説ぜんぶ読む

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それから半年後の世界(伊坂幸太郎「無事故で終われ!」)

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2020年も残り2ヶ月を切った。
よほどの天変地異が起きない限り(起きたら困るが)、2020年は新型コロナウイルスの年として歴史に刻まれることになる。
ウイルス自体の脅威もさることながら、派生した諸問題が私たちの生活を蝕み続けている。
東京五輪は延期となり、イベントは軒並み中止。文化・芸術が受けたダメージはあまりにも深刻だ。


そんな中、伊坂幸太郎がデビュー20周年を迎えた。
4月24日に発売された『逆ソクラテス』は、ロングヒットを記録している。


overshow.hatenablog.com


半年前の自分は、記事を次のように締め括った。

残念ながら、特にこれから読む人にとっては残念だろうが、『逆ソクラテス』を読んでも、このどうしようもない世界はひっくり返ってくれない。
だけど、自分を中心に回るちっぽけな世界は、自分次第でひっくり返すことができる。
単行本のオビには「世界をひっくり返せ!」と書いてある。そう、ひっくり返すのは自分だ。
『逆ソクラテス』は、そういう勇気をくれる作品が集まっている、最高の短編集だ。


やはりというべきか、半年で世界はひっくり返らなかった。
それでも私たちは『逆ソクラテス』に勇気を貰った。


そして、私たちはまた勇気を貰うことになる。


※以下、「無事故で終われ!」のネタバレを含みます。


「無事故で終われ!」には大きな特徴が2つある。
1つは「TAKE FREE」の小冊子であること。
(余談だが、無料配布とはいえこれだけ持って帰るのが忍びなくて、別の本を買ってしまった)
もう1つは物語が分岐することだ。


物語の舞台は「新型ウィルス」の流行から30年後の世界。
分岐後の世界のうちの片方(B)では、再び「新型ウィルス」のパンデミックが起きている。
一方、もう片方の世界(A)は平和だ。「新型ウィルス」は過去のものとなっている。


AとBを分けたのは、「あみだくじ」。
たったそれだけで、世界は大きく姿を変えた。


思えば、『逆ソクラテス』のオビに書かれていた言葉が、「世界をひっくり返せ!」だった。
あみだくじに、「世界をひっくり返してやろう」という意図はなかったはずなのに、それでも世界は分岐した。


案外、そんなものなのかもしれない。
Aの世界も、Bの世界も、与えられた世界の中で、中野と藤原は必死にしがみついている。
世界をひっくり返せなかったとしても、精一杯もがくしかないのだ。


ところで、「無事故で終われ!」は「大化の改新」の年号の語呂合わせ(645年)がキーワードとなる。
冒頭にこんなフレーズがある。

少なくとも、六四五年は改革が『始まった』年で、『終わった』わけじゃない。

30年後に振り返ったとき、2020年は『始まった』年になるのか、『終わった』年になるのか……。


それがわからない今は、このどうしようもない世界にしがみついて、もがくしかない。
「無事故で終われ!」と祈りながら。