3冊目:有川浩『阪急電車』
- 作者:有川 浩
- 発売日: 2010/08/05
- メディア: 文庫
紹介
隣に座った女性は、よく行く図書館で見かけるあの人だった……。片道わずか15分のローカル線で起きる小さな奇跡の数々。乗り合わせただけの乗客の人生が少しずつ交差し、やがて希望の物語が紡がれる。恋の始まり、別れの兆し、途中下車――人数分のドラマを乗せた電車はどこまでもは続かない線路を走っていく。ほっこり胸キュンの傑作長篇小説。
お待たせしました。
群像小説の魅力をたっぷり詰め込んだ、有川浩『阪急電車』の到着です。危ないので黄色い線の内側までお下がりください。
なんとなく、本当になんとなくですが、この記事は過去最高のアクセス数を更新すると思っています。
というのも、読書メーターに感想(半分くらいこの記事の宣伝です)を投稿したところ、ナイス(いいね)が次から次へと。
それもそのはずで、「読んだ本」に登録された方が64,000人もいるらしく。この数字はえげつないです。
なので、いつも以上に気合いを入れて書きたいと思います。
よろしくお願いします。
さて、そんな大人気の『阪急電車』ですが、群像小説として認識している方はどのくらいいるでしょうか。
かくいう私も初読時は「恋愛小説」、もっと細分化するなら「胸キュン小説」として読みました。
もちろんストーリーとしては恋愛、胸キュンに分類されます。可愛らしい勧善懲悪の物語で、何度も読み返すくらい大好きです。
ストーリーについては、後ほど「解説」でも触れます。
構造に目を向けると、雷雨型の群像小説となっています。
(雷雨型については、「0冊目:群像小説ぜんぶ読む」を参照のこと)
overshow.hatenablog.com
雷雨型は群像小説の中で最も読みやすく、ビギナー向けなのですが、作品数が少ないのが難点です。
その点、『阪急電車』には群像小説の魅力がすべて詰まっています。
群像小説のことがよくわからない方向けに、簡単に説明します。
好きな登場人物はいますか?
私はえっちゃんが好きです。
他にも魅力的なキャラクターがたくさん出てきますよね。
では、主人公は誰でしょうか?
それぞれの短編には語り手がいて、語り手がそのまま主人公といえます。
しかし、『阪急電車』という1冊にまとまったとき、主人公は果たして誰なのでしょうか?
主人公をひとりに特定できない。
これが群像小説の特徴です。
いちおう答え合わせをしておきますね。
『阪急電車』の主人公は、阪急電車(今津線)です。
そう考えると、『桃太郎』みたいなネーミングです。
こんなフレーズもあります。
その一人一人がどんな思いを持っているか、それは歩いていく本人たちしか知らない。(P.116)
人数分の物語を乗せて、電車はどこまでもは続かない線路を走っていく。(P.130)
これも群像小説の特徴です。
登場人物の物語を把握できるのは、登場人物自身と私たち(読者と作者)だけ。AさんがBさんの物語に影響を及ぼすことはあっても、AさんはBさんの物語の全容は知らないのです。
どうですか?
群像小説、おもしろいですよね。
今後もどんどん紹介していくので、是非チェックしてみてください。
解説
※※以下、ネタバレを含みます※※
『阪急電車』が群像小説として最も優れている点は、「折り返し」と「再登場までの間合い」、これに尽きます。
西宮北口方面行きから順番に見ていきます。
各編の横の名前は語り手(主人公)です。
・宝塚駅…征志
1編目にふさわしい余韻です。この余韻が「逆瀬川駅」につながります。
・宝塚南口駅…翔子
すぐに「宝塚駅」のふたりの会話を出すことで、同じ電車内での話だとわかります。
・逆瀬川駅…時江
ここで「宝塚駅」の2人を再登場させて、「その後」を描くのは群像小説のテクニック。
・小林駅…翔子
時江に唆されて降りた翔子。回想シーン以外で町の様子を描いているのはここだけで、各編から独立した印象を受けます。翔子のひとりで生きていく決意ともリンクしますね。
・仁川駅…ミサ
新キャラのようですが、「逆瀬川駅」で登場済み。翔子の話を繰り返すことで、電車内が「逆瀬川駅」と地続きであることがわかります。
・甲東園駅…ミサ(えっちゃん)
ここはイレギュラーですが、ミサの視点が続きます。ただ、ミサを通して語られるえっちゃんの物語でもあります。ここをえっちゃん自身の語りにせずに、理想的な野次馬役のミサを通したことで、読者もえっちゃんの話に興味を持ちます。
・門戸厄神駅…圭一
えっちゃんたちと同じ車両にいることはわかりますが、独立した一編です。完全にふたりだけの世界ができあがっています。お幸せに。
・西宮北口駅…翔子、ミサ、圭一
ひとまずのクライマックス。
ここで阪急電車は折り返します。
通常、折り返す車両にそのまま乗り続けることはありません。
彼らの物語をここで置き去りにして、折り返しの電車では別の登場人物の物語を描くことも可能でした。
しかし、半年時間を飛ばすという、シンプルかつ巧みな方法で、彼らの再登場を可能にしたのです。
・西宮北口駅…ミサ
別の登場人物の物語が始まるものだと思っていたので、ここでミサが出てきたときは感動しました。
・門戸厄神駅…伊藤康江
「西宮北口駅」から引き続いての登場。悪役のひとりだったイトーさんのバックボーンを描くことで、グループの面々との差別化をはかります。
・甲東園駅…悦子
ついに来ました。えっちゃん視点。電車内の話はほぼありませんが、前半の「甲東園駅」でえっちゃんが初登場したことを踏まえると、ここに配置するのは必然といえます。
・仁川駅…圭一
ふたりだけの世界その2。お幸せに。
・小林駅…翔子
「小林駅」といえば、翔子は欠かせません。ここで「西宮北口駅」のキャリアウーマンが翔子だったと明かされます。このつながりは気持ちいいですよね。
・逆瀬川駅…時江
前半の「逆瀬川駅」では翔子の引き立て役に徹していた時江の物語。ですが、やはり最後には主役を征志たちに譲ります。
・宝塚南口駅、宝塚駅…征志
思えば、征志の片思いから、『阪急電車』は走り始めました。ここに戻ってこなければいけません。
というように、各編の「群像小説としての役割」を書き出してみました。
始まりと終わりだけを見れば、征志が主人公に最も近い存在だといえます。
しかし、「人数分の物語」を読んだ方であれば、そうとも言い切れないと思うのではないでしょうか。
『阪急電車』はビギナー向けの群像小説と書きました。
というのも、他の群像小説には、作中で明示されないつながりがあるのです。
もちろん、それに気づかなくてもストーリーとしての不都合はありません。
だけど、だからこそ、隠れたつながりを発見することが、群像小説の楽しみ方だと思うのです。